2025年6月12日
カスハラ対策義務化の内容と補助金一覧をまとめた資料はこちらからダウンロードしていただけます。
カスハラ対策義務化 チェックリスト・補助金】資料ダウンロード
目次
「ありがとうございます」「またお越しくださいませ」――。
店舗は、お客様との温かいコミュニケーションが生まれる、地域社会にとって不可欠な場所です。しかしその一方で、その最前線は、理不尽な要求、暴言、時には暴力にまで発展する「カスタマーハラスメント(カスハラ)」の脅威に常に晒されています。
土下座の要求、商品の叩きつけ、スタッフ個人のSNSでの晒し行為…。これらは、正当なクレームとは全く異なる、従業員の尊厳を踏みにじり、心身を深く傷つける行為です。スタッフの疲弊は離職につながり、人手不足に拍車をかけ、結果としてサービスの質を低下させるという悪循環を生み出します。
この深刻な事態を受け、国もついに重い腰を上げました。2026年を目途に、企業に対するカスハラ対策が法律で義務化される見通しとなり、対策はもはや企業の任意ではなく、果たさなければならない社会的責務となるのです。
本記事では、特に対面でのコミュニケーションが不可避な「店舗」に焦点を当て、カスハラの実態から法的背景、そして明日から実践できる具体的な予防策と対応策、さらには事後のケアまで、4000字を超えるボリュームで網羅的に解説します。
これは単なるクレーム対応マニュアルではありません。大切な従業員と、築き上げてきたブランドの価値を守り抜き、お客様からも従業員からも選ばれる店であり続けるための、経営戦略そのものです。
電話やメールと異なり、物理的な距離が近く、他の顧客の目もある店舗でのカスハラは、特有の深刻さと危険性をはらんでいます。
「お客様だから」と理不尽な要求を呑み、スタッフの心身の安全を軽視することは、もはや許されません。企業が対策を怠った場合、深刻な法的リスクを負うことになります。
問題が発生してから対応するのでは手遅れです。カスハラの発生そのものを抑制する「予防策」こそが最も重要です。
STEP1:方針の明確化と毅然とした「意思表示」
悪質な要求を躊躇させる環境を作ることが第一歩です。
「お客様へのお願い」ポスターの掲示: 出入り口、レジ前、サービスカウンターなど、お客様の目につきやすい場所に、会社の基本方針をポスターにして掲示します。
(ポスター文言例)
お客様へのお願い
当店では、すべてのお客様に快適にお過ごしいただくため、以下の行為をお断りしております。
・他のお客様や従業員に対する暴言、威嚇、暴力行為
・社会通念上、不相当なサービスの要求
・長時間の拘束、その他迷惑行為
これらの行為があった場合、サービスの提供をお断りし、警察へ通報することがございます。
従業員の人権を尊重し、安全な店舗運営にご協力をお願いいたします。
店長
この一枚があるだけで、「この店は理不尽な要求が通じない」というメッセージとなり、強力な抑止力として機能します。
STEP2:店舗レイアウトと設備の工夫
物理的な環境も、安全性を大きく左右します。
防犯カメラの設置と告知: 「防犯カメラ作動中」のステッカーは必須です。カメラの存在を意識させることで、トラブルを未然に防ぎます。映像は、万が一の際の客観的な証拠にもなります。
避難経路の確保: スタッフが身の危険を感じた際に、すぐにバックヤードや事務所に避難できる動線を日頃から確認しておきましょう。
非常通報装置の導入: レジカウンターの下など、目立たない場所に警察に直接つながる非常ボタンを設置することは、スタッフの大きな安心材料になります。
STEP3:スタッフの名札表記の見直し
SNSでの個人特定(晒し)リスクからスタッフを守ります。
フルネームの記載は避け、**名字のみや、アルファベット表記、あるいは社内で統一したビジネスネーム(ニックネーム)**に切り替えましょう。個人情報を守るという会社の姿勢を示すことにも繋がります。
どれだけ予防しても、残念ながらカスハラが発生してしまうことはあります。その際に、パニックにならず、組織として冷静に対応するための手順です。
① 初期対応:冷静に、一人にさせない
② エスカレーション:速やかに責任者へ
現場のスタッフに「我慢」させてはいけません。少しでも対応が困難だと感じたら、すぐに店長や本部に報告・交代するルールを徹底します。「暴言が出た」「5分以上同じ話が続いている」など、具体的なエスカレーションの基準をあらかじめ設けておきましょう。
③ 記録の徹底
④ 線引きと警告
⑤ 最終手段:退去要求と警察への通報
トラブル対応は、終わった後が最も重要です。
接客サービスや介護の現場でカスハラ、セクハラなどにあった場合、まず証拠を残すことが肝心です。
ボディカメラを身につけていることでハラスメントの防止・証拠の記録にも繋がります。
ボディカメラについてはこちらもご覧ください。
録音したデータは管理画面から再生・ダウンロードなどが可能です。
顧客との電話やカスタマーセンターでハラスメントを受けた場合、すべての通話を自動で録音することで、証拠を残すことができます。
また、言った言わないのトラブル、聞き間違いやメモのし忘れを防止従業員の心理的負担を減らすこともできます。
録音する旨のアナウンスを事前に流すことでカスハラ対策にも有効です。
全通話録音についてはこちらもご覧ください。
東京都では、団体や企業等におけるカスタマーハラスメント防止対策を推進する様々な取組を展開しています。
カスハラ防止対策の進め方や、カスハラの事例等について、
労務管理やメンタルケア、消費者保護等に関する経験が豊富な専門相談員による相談を開始しているほか、奨励金・補助金の募集を行なっています。
条例施行日(令和7年4月1日)以降、マニュアルを整備し、実践的なカスハラ防止対策を行った企業等に対し、奨励金を支給します。
○規模:(3か年で)10,000件 金額:定額40万円
○主な支給要件
(1)カスハラ防止対策マニュアルの作成
(2)以下①~③いずれかひとつの対象の取組の実施
①録音・録画環境の整備 ②AIを活用したシステム等の導入 ③外部人材の活用
会員企業及びその従業員向けに防止対策の体制を整備※した場合に、奨励金を支給します。
※申請し、都が交付決定した取組が対象です。
○規模:30件 金額:最大100万円
○主な支給要件
(1)企業向けカスハラ対策方針の策定・周知(20万円)
(2)カスハラ防止対策のサポート窓口の設置(40万円)
(3)カスハラ対策研修の実施 (20万円)
(4)外部人材等活用によるカスハラ対策の実施(20万円)
顧客等との接点を効果的に活用し、防止対策と条例の普及に都と連携して取り組む団体を支援します。
(補助率:1/2 補助上限:5,000万円 規模:10件程度)
※記載内容は変更される可能性があります。以下の詳細については東京都カスタマーハラスメント防止対策HPをご覧ください。
https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/kaizen/ryoritsu/kasuhara/index.html
店舗におけるカスハラ対策は、もはや単なるクレーム処理の技術ではありません。それは、従業員の安全と人権を守り、安心して働ける職場環境を維持するための、最重要の経営課題です。
毅然とした予防策で「理不尽が通じない店」という姿勢を示し、発生時には組織として冷静に対応し、事後にはスタッフを徹底的にケアする。この一連の流れを確立することこそが、真のリスク管理です。
従業員が心からの笑顔で働ける環境があってこそ、お客様に最高のサービスを提供できます。従業員満足なくして、真の顧客満足はあり得ません。2026年の義務化を待つことなく、今すぐ、できることから行動を始めましょう。その一歩が、あなたのお店と大切な従業員の未来を守る、何よりの礎となるのです。