この記事を読むとこんなことがわかります
- 電話カスハラの典型パターン
- 電話カスハラを放置するリスク
- どうやって電話カスハラ対策を行うか
- カスハラ対策に使える奨励金・補助金
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企業の電話窓口がカスハラの危険にさらされる
「お前の声が気に入らない」「誠意を見せろ、土下座しろ」「今から家に行くからな」
企業の「顔」であるはずの電話窓口。しかしその裏側で、オペレーターたちは顔の見えない相手からの理不尽な暴言や脅迫、すなわち「電話カスハラ」に日々晒されています。これは、もはや単なる「困ったお客様」の問題ではありません。従業員の心を蝕み、貴重な人材を離職に追い込み、企業の評判をも貶める、深刻な経営リスクです。
これまで多くの企業が、オペレーター個人のスキルや忍耐力に依存してきました。しかし、その限界は明らかです。そして今、社会と法律が大きく変わろうとしています。2026年を目途に、企業に対するカスハラ対策が法律で義務化される見通しとなり、対策は「推奨」から「必須」のフェーズへと移行します。
本記事では、特に過酷な環境である「電話応対」に焦点を当て、電話カスハラの実態から法的背景、そして明日から実践できる具体的な組織的対策まで、4000字を超えるボリュームで徹底解説します。
この記事を読み終える頃には、従業員を精神的苦痛から守り、顧客対応の品質を向上させ、ひいては企業の持続的な成長を実現するための、明確な道筋が見えているはずです。
顔が見えないからこそ深刻化する「電話カスハラ」の恐怖
カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、顧客からの要求内容や手段・態様が社会通念に照らして不相当であり、それによって従業員の就業環境が害される行為を指します。中でも「電話」という媒体は、カスハラをより深刻化させる特有の要因をはらんでいます。
電話カスハラの典型的なパターン
- 暴言・脅迫型: 最も直接的で有害なタイプです。「バカ」「死ね」といった人格否定の言葉、オペレーターの家族への危害を示唆する脅し、性的な嫌がらせなどが含まれます。
- 長時間拘束型(業務妨害型): 同じ話を何度も繰り返し、何時間にもわたって電話を切らせません。目的は問題解決ではなく、オペレーターを拘束し、精神的に疲弊させることです。これは明らかな業務妨害行為です。
- 過剰・不当要求型: 「慰謝料を払え」「土下座しろ」「社長を出せ」の一点張り。企業のルールや常識を逸脱した要求を執拗に行います。
- 説教・責任転嫁型: 商品やサービスとは無関係な自身の主義主張や、社会への不満を延々と語り続けます。オペレーターを感情の「サンドバッグ」として利用する悪質なケースです。
なぜ電話カスハラは深刻化しやすいのか?
- 匿名性: 顔が見えず、名前も偽名を使えるため、相手は理性のタガが外れやすくなります。オペレーターは「誰かもわからない相手」から攻撃されるという、底知れぬ恐怖を感じます。
- 感情の増幅: 表情や身振りが見えないため、声のトーンや言葉尻りだけで相手の感情を推し量るしかありません。少しの苛立ちが、言葉の応酬の中で大きな怒りへと増幅していく傾向があります。
- 証拠の欠如: 通話を録音していなければ、後から「言った・言わない」の水掛け論になりがちです。これにより、被害を受けたオペレーターが「自分の対応が悪かったのでは」と自らを責めてしまうケースも少なくありません。
これらの行為は、オペレーターに深刻な精神的ダメージを与え、うつ病やPTSD(心的外傷後ストレス障害)、燃え尽き症候群を引き起こし、最終的には休職や離職という最悪の結果を招きます。一人の熟練オペレーターを失うコストは、企業にとって計り知れない損失です。
法的背景:企業が「電話カスハラ」を放置できない3つの理由
「お客様からの電話だから仕方ない」という考えは、もはや通用しません。企業が電話カスハラ対策を講じることは、法的に見ても当然の義務なのです。
- 安全配慮義務(労働契約法第5条)
企業は、従業員がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務があります。これは、物理的な安全だけでなく、精神的な健康も含まれます。顧客からのハラスメントによって従業員が精神疾患を発症した場合、企業が対策を怠っていれば、この安全配慮義務違反を問われ、損害賠償責任を負う可能性があります。
- 使用者責任(民法第715条)
カスハラを放置することは、企業のコンプライアンス体制の欠如と見なされます。その結果、従業員に損害が生じた場合、企業自身が責任を問われるリスクがあります。
- 労働施策総合推進法の改正(カスハラ対策の義務化)
冒頭でも述べた通り、2026年を目途にカスハラ対策が企業の義務となる見込みです。これはパワハラ対策と同様、事業主に対して具体的な措置を講じることを法的に義務付けるものです。もちろん、電話応対におけるカスハラもその対象です。今から準備を始めなければ、将来的に「法律違反」の状態に陥るリスクがあります。
さらに、カスハラの内容が悪質な場合、「威力業務妨害罪」や「脅迫罪」、「不退去罪」といった刑法上の犯罪に該当する可能性もあります。企業は被害者である従業員を守るため、法的措置も辞さないという毅然とした態度が求められます。
【今すぐできる】電話カスハラから従業員を守る5つの組織的対策
電話カスハラは、オペレーター個人のスキルで解決できる問題ではありません。会社全体で、組織的に取り組むべき課題です。ここでは、明日からでも始められる具体的な5つの対策をご紹介します。
STEP1:毅然とした方針の策定と「社外」への表明
これがすべての対策の土台となります。
- 方針の策定: まず、「どのような行為をカスハラとみなし、どのような対応をとるか」を社内で明確に定義します。
(例)「人格を否定する暴言、脅迫、セクハラ発言」「社会通念上、不相当な要求」「同じ内容での長時間の電話」など。
社外への公表: この方針を、公式サイト上の「お客様対応方針」などのページに明記し、公開します。そして、最も効果的なのが、電話の自動音声ガイダンスで事前にアナウンスすることです。
- アナウンス例:
「この通話は、応対品質の向上と、お客様に正確なご案内をするため、録音させていただいております。あらかじめご了承ください。なお、弊社では従業員の安全を確保するため、暴言、脅迫、セクハラ、その他迷惑行為と判断される言動があった場合、誠に恐縮ながら、通話を打ち切らせていただく場合がございます。」
この一言があるだけで、悪意のあるクレーマーへの強力な牽制となり、オペレーターは「会社のルールとして電話を切ることができる」という心理的な拠り所を得られます。
STEP2:エスカレーション(交代)ルールの徹底
「オペレーターを一人で戦わせない」これが鉄則です。
-
ルールの明確化: 少しでも「対応が困難」「恐怖を感じる」と思ったら、ためらわずに上長や専門チーム(SV:スーパーバイザーなど)に助けを求め、交代できるルールを明確にします。
具体的な交代基準の設定: 属人的な判断に任せず、具体的な基準を設けることで、新人でも交代を申し出やすくなります。
(例)「暴言・罵倒が3回以上あった場合」「通話時間が30分を超え、進展がない場合」「オペレーター自身が身の危険や強い恐怖を感じた場合」など。
- 雰囲気の醸成: 管理職は日頃から「無理だと思ったらすぐに代わるから言ってね」「代わるのは悪いことじゃない」と伝え続け、エスカレーションしやすい雰囲気を作ることが重要です。
STEP3:完璧なマニュアルとスクリプトの整備
オペレーターが冷静に対応するための「武器」を用意します。
- カスハラ検知スクリプト: 相手の要求が正当なクレームか、カスハラの領域に入っているかを判断するための切り分け用スクリプト。
- 警告スクリプト: 段階的に相手に警告を発するための具体的な言い回し。
- 1段階目(牽制): 「恐れ入りますが、他のお客様もお待ちでございますので、要点をまとめてお話しいただけますでしょうか。」
- 2段階目(警告): 「お客様、先ほどからご案内しております通り、その件に関しましては致しかねます。また、そのようなお言葉遣いが続きますと、誠に恐縮ですが、規定によりお電話を切らせていただく場合がございます。」
- 通話終了スクリプト: 最終通告として、通話を終了する際のスクリプト。
- 終了宣言: 「再三にわたりお願いいたしましたが、お聞き届けいただけませんので、これ以上のお話は致しかねます。
大変申し訳ございませんが、お電話を切らせていただきます。失礼いたします。」
これらのスクリプトがあることで、オペレーターはパニックに陥ることなく、組織として一貫した対応を取ることができます。
STEP4:全通話録音システムの導入と徹底活用
これは、もはやオプションではなく必須の投資です。
- 従業員を守る「お守り」: 録音されているという事実だけで、オペレーターは心理的な安心感を得られ、顧客側も不適切な言動を躊躇します。
- 客観的な「証拠」: 「言った・言わない」の不毛な争いを防ぎ、万が一、訴訟や警察への相談が必要になった場合に、極めて重要な証拠となります。
- 応対品質向上の「教材」: 録音データを元に、良かった対応や改善すべき点を振り返る研修を行うことで、組織全体のスキルアップに繋がります。
STEP5:従業員への徹底したケアと教育
強固な防衛策を講じても、心に負担がかかる仕事であることに変わりはありません。
- 精神的ケアの仕組み化:
- クールダウン制度: カスハラ電話の後は、必ず数分間、電話対応から離れて気持ちを落ち着かせる時間と場所(休憩室など)を設ける。
- 定期的な面談: 管理職が1on1で定期的に声掛けを行い、一人で悩みを抱え込んでいないかを確認する。産業医やカウンセラーとの面談機会も用意する。
- 実践的な教育:
ロールプレイング研修: カスハラ電話を想定したロールプレイングを繰り返し行います。この時、「うまくあしらう」練習ではなく、「いかにうまくSTEP2のエスカレーションルールに則って上長に助けを求めるか」をゴールに設定することが重要です。
AI技術の活用:電話カスハラ対策の未来
近年、AI技術の進化が電話カスハラ対策に新たな光を当てています。
- 音声認識AIによる感情分析: 通話中の顧客の声のトーンや話す速度、声の大きさなどをAIがリアルタイムで分析。怒りや興奮のレベルが一定値を超えると、管理者のPCに自動でアラートが飛び、深刻化する前に介入することが可能になります。
- AIによる通話の要約・記録: 長時間の通話内容をAIが自動でテキスト化し、要点をまとめてくれるサービスも登場しています。これにより、オペレーターは応対後の事務処理負担が大幅に軽減され、精神的な切り替えがしやすくなります。
- AIボイスボットによる一次対応: よくある質問や簡単な手続きはAIボイスボットが対応し、有人対応が必要な複雑な案件のみをオペレーターに繋ぐことで、オペレーターはより専門性の高い業務に集中できます。
これらの技術は、オペレーターの負担を軽減し、より客観的なデータに基づいた対策を可能にする、強力なツールとなるでしょう。
対策を成功に導く企業事例
ある金融機関では、カスハラ被害の相談件数が全体の20%に達したことを受け、2025年から専門研修と電話相談窓口を設置しました。
従業員アンケートの「安心して働ける職場」の項目が+15%増加し、顧客対応品質も向上しました。
通話録音で証拠を残し、アナウンスを流してトラブル抑止
録音したデータは管理画面から再生・ダウンロードなどが可能です。
顧客との電話やカスタマーセンターでハラスメントを受けた場合、すべての通話を自動で録音することで、証拠を残すことができます。
また、言った言わないのトラブル、聞き間違いやメモのし忘れを防止従業員の心理的負担を減らすこともできます。
録音する旨のアナウンスを事前に流すことでカスハラ対策にも有効です。
クラウド全通話録音についてはこちらもご覧ください。
奨励金・補助金
東京都では、団体や企業等におけるカスタマーハラスメント防止対策を推進する様々な取組を展開しています。
カスハラ防止対策の進め方や、カスハラの事例等について、
労務管理やメンタルケア、消費者保護等に関する経験が豊富な専門相談員による相談を開始しているほか、奨励金・補助金の募集を行なっています。
① 企業向け奨励金 ※6月中 募集開始予定
条例施行日(令和7年4月1日)以降、マニュアルを整備し、実践的なカスハラ防止対策を行った企業等に対し、奨励金を支給します。
○規模:(3か年で)10,000件 金額:定額40万円
○主な支給要件
(1)カスハラ防止対策マニュアルの作成
(2)以下①~③いずれかひとつの対象の取組の実施
①録音・録画環境の整備 ②AIを活用したシステム等の導入 ③外部人材の活用
団体向け奨励金 ※6月中 募集開始予定
会員企業及びその従業員向けに防止対策の体制を整備※した場合に、奨励金を支給します。
※申請し、都が交付決定した取組が対象です。
○規模:30件 金額:最大100万円
○主な支給要件
(1)企業向けカスハラ対策方針の策定・周知(20万円)
(2)カスハラ防止対策のサポート窓口の設置(40万円)
(3)カスハラ対策研修の実施 (20万円)
(4)外部人材等活用によるカスハラ対策の実施(20万円)
団体向け補助金 ※募集中です
顧客等との接点を効果的に活用し、防止対策と条例の普及に都と連携して取り組む団体を支援します。
(補助率:1/2 補助上限:5,000万円 規模:10件程度)
※記載内容は変更される可能性があります。以下の詳細については東京都カスタマーハラスメント防止対策HPをご覧ください。
https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/kaizen/ryoritsu/kasuhara/index.html
まとめ:電話カスハラ対策は、会社と従業員の未来を守る「投資」
電話カスハラは、オペレーター個人のスキルや我慢で乗り越えるべき問題では断じてありません。企業が組織として、明確な方針と具体的な仕組みをもって立ち向かうべき、重大な経営課題です。
「お客様は神様」ではなく、「お客様と従業員は対等な関係」である。 この基本認識のもと、
毅然とした方針を社内外に示すこと
オペレーターを一人にさせないエスカレーション体制を築くこと
通話録音という「お守り」と「証拠」を持つこと
従業員の心のケアを怠らないこと
これらの対策は、単なるコストではありません。従業員の離職率を下げ、安心して働ける環境を提供することで、応対品質は向上し、顧客満足度も高まります。それは結果として、企業のブランド価値と競争力を高める、最も効果的な「投資」となるのです。
2026年の義務化は、もう目前です。これを「規制強化」と捉えるのではなく、自社の顧客対応と職場環境を根本から見直す絶好の機会と捉え、今すぐ行動を開始しましょう。