2026年8月19日
相談窓口は、設置しただけでは義務を満たしません。──2026年10月1日施行の改正労働施策総合推進法をめぐって、最も誤解されているのがこの点です。
厚生労働省の指針が求めているのは2つあります。ひとつは「相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること」。もうひとつは「相談窓口の担当者が適切に対応できるようにすること」です。総務部の内線番号を1本決めて社内掲示を出しただけでは、2つ目を満たしていません。
本記事では、カスハラ相談窓口の設置手順を4ステップで整理したうえで、社内・外部・公的窓口の使い分け、相談員に選んではいけない人、そして設置した窓口が数か月で形骸化する3つの原因まで、経営者・役員の方が意思決定できる形で解説します。
※本記事は2026年8月19日時点の公表情報にもとづいて作成しています。
カスハラ相談窓口とは、顧客等からの著しい迷惑行為について従業員が相談できる社内の窓口です。2026年10月1日施行の改正労働施策総合推進法により、すべての事業主に相談体制の整備が義務づけられました。設置は「①窓口の形態と担当部署を決める→②受付方法を複数用意する→③対応マニュアルと記録様式を整える→④従業員に周知し、周知した記録を残す」の4ステップで完了します。既存のパワハラ・セクハラ窓口と一元化して差し支えありません。
設置手順の詳細は「相談窓口の設置手順 4ステップ」の章、失敗パターンは「相談窓口が形骸化する3つの原因」の章で解説します。
厚生労働省告示第51号が定める5つの措置のうち、相談体制に関するものは措置②(相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備)です。指針の全10項目のうち、次の2項目がこれに当たります。
| 項目 | 指針が求めること | 実務でよくある不足 |
|---|---|---|
| 項目3 | 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること | 窓口は決めたが、周知が入社時の書類配付のみで、現場のパート・アルバイトに届いていない。周知した記録も残っていない。 |
| 項目4 | 相談窓口の担当者が、相談の内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること | 担当者に研修も対応マニュアルもない。受けた相談をどこへ上げるかの手順が決まっておらず、担当者の裁量に委ねられている。 |
実務で圧倒的に抜けやすいのが項目4です。「窓口を設置した」という事実は書面で示せますが、「担当者が適切に対応できる状態にある」ことは、マニュアル・研修記録・対応フローの3点セットがなければ示せません。
逆に言えば、この3点を準備しておけば、行政調査があっても措置②については説明ができます。窓口の設置そのものより、その後ろにある運用設計のほうが工数がかかると見積もってください。
指針は労働者への周知を求めています。利用実績がゼロの状態が続いている場合、周知が実質的に機能していないと評価される余地があります。
会社が事実を知りながら措置を講じなかった、という記録が残るためです。安全配慮義務違反の争いでは、予見可能性を認める強い材料になります。
属人化は形骸化の入口です。最低でも2名、性別の異なる担当者を置くことが望まれます。
相談窓口には3つの類型があります。義務を満たすのは「社内窓口」または「外部委託窓口」で、公的窓口は義務履行の代わりにはなりません。ここを取り違えている企業が少なくありません。
| 比較軸 | 社内窓口 | 外部委託窓口 | 公的窓口 |
|---|---|---|---|
| 義務の履行 | 満たす | 満たす | 満たさない |
| 費用 | 追加費用は原則なし(人件費と研修費) | サービスにより幅がある。月額5,500円からの事例、月額3万円からの事例が公表されている | 無料 |
| 相談の 心理的ハードル |
高い。社内の人間関係が見えるため相談しにくい | 低い。第三者に話せる安心感がある | 低い |
| 事実確認・ 措置への接続 |
速い。そのまま現場対応・記録の確認に進める | 報告を受けてから社内で動くため、一段階挟む | 接続しない。助言・情報提供が中心 |
| 専門性 | 担当者の力量に依存する | カウンセラー・社労士・弁護士等の専門性を確保できる | 高いが、個別事案の解決は行わない |
| 主な例 | 人事総務部、コンプライアンス部門 | 社会保険労務士事務所、EAP事業者、専門委託サービス | 都道府県労働局、東京都の相談窓口、警察(#9110) |
実務上の推奨は、社内窓口を主とし、外部窓口を併設する形です。理由は2つあります。
ひとつは、カスハラの相談は速さが価値だからです。相談を受けたその日に映像を確認し、翌日には対応方針を決められるのは社内窓口の強みです。外部窓口だけにすると、報告→社内共有→対応という経路を必ず通るため、記録の保存期間内に確認が間に合わないケースが出てきます。
もうひとつは、相談しにくい類型があるからです。性的な言動を受けた場合や、店長・支店長自身が対応を打ち切らせなかったことに不満がある場合、社内窓口には相談が上がってきません。この穴を外部窓口が埋めます。
なお、公的窓口は従業員向けの情報として案内する価値はありますが、「公的窓口を案内しているので措置②は満たしている」という整理は成り立ちません。指針が求めているのは事業主が窓口を定めることです。
ここからが実務手順です。カスハラ対策規程の第7条(相談窓口)で定めた内容を、実際に動く形にしていきます。STEP3までは書類作業、STEP4だけが全社を巻き込む作業と考えると、スケジュールが引きやすくなります。
社内単独か、外部併設かを決めます。担当部署は人事総務部が一般的ですが、店舗展開している企業では本部の運営部門が実務を担うケースもあります。担当者は最低2名、可能であれば性別の異なる2名を置いてください。あわせて、担当者が不在のときの代理者も決めます。
電話だけ、メールだけという単一経路では相談が上がりません。対面・電話・メール・社内フォームのうち最低2つを用意します。店舗スタッフが業務時間中に電話をかけられない実態があるため、非同期で送れる経路(メール・フォーム)は必須と考えてください。匿名相談を受け付けるかどうかも、この段階で決めます。
指針の項目4「担当者が適切に対応できるようにする」を満たす中核です。受付時の聞き取り項目、緊急度の判定基準、上長へのエスカレーション基準、記録様式(5W1H)をひとつの文書にまとめます。この文書がないと、担当者ごとに対応がばらつきます。あわせて担当者向けの研修を実施し、実施記録を残してください。
社内掲示、朝礼、給与明細への同封、携帯カード配付など、複数の手段で周知します。ポイントは「周知した記録を残すこと」です。掲示物の写真、配付リスト、説明会の出席簿を保管しておけば、行政調査でも訴訟でも周知の事実を示せます。あわせて、相談を理由に不利益な取扱いをしない旨(措置⑤)も同時に伝えてください。
一元化して差し支えありません。パワハラ・セクハラ・マタハラの相談窓口をすでに設置している企業は、その窓口でカスハラの相談も受け付ける旨を明示すれば、新設は不要です。指針も、既存の窓口と一体的に運用することを妨げていません。
ただし注意点があります。カスハラは「社外の人が加害者」である点で、他のハラスメントと構造が異なります。パワハラであれば加害者への指導・懲戒という社内で完結する手段がありますが、カスハラでは相手が顧客であるため、取引停止・出入禁止・警察通報といった対外的な判断が必要になります。
つまり、一元化した窓口の担当者にはカスハラ特有のエスカレーション経路を追加で教育する必要があります。窓口の看板は1つでよいが、マニュアルは1章追加する、と理解してください。
競合記事の多くは「相談員の選び方」を書いていますが、経営判断としてより重要なのは「選んではいけない人」です。次の3類型は、本人の資質にかかわらず構造的に相談員に適しません。
最も避けるべき配置です。カスハラの相談には「その場で上司が助けてくれなかった」という不満が含まれることが少なくありません。直属の上長が窓口では、その相談は永久に上がってきません。
また、上長は相談者の人事評価を行う立場にあります。措置⑤が禁じる「相談を理由とした不利益取扱い」がなかったことを、後から証明しづらくなります。
見落とされやすい利益相反です。カスハラへの対処は、突き詰めれば「その顧客との取引をやめる判断」を含みます。店舗の売上責任を負う人物にこの判断を委ねれば、売上を守る方向にバイアスがかかるのは避けられません。
「常連客だから」「客単価が高いから」という理由で対応が見送られる構図は、現場の責任者の人格の問題ではなく、役割配置の設計ミスです。取引停止・出入禁止の判断は、売上責任から切り離した本部側に置いてください。規程第5条第3項で承認者を本部の役職者に指定しておくのは、このためです。
人ではなく体制の問題ですが、実質的に同じリスクを生みます。相談員が1名だと、その人が休職・退職した瞬間に窓口が停止します。相談者が「この人には話しづらい」と感じた場合の逃げ道もありません。
さらに、相談員自身が二次的な精神的負荷を受けることが知られています。相談員をケアする人がいない体制は、担当者から先に壊れます。最低2名、加えて外部窓口の併設が現実的な解です。
窓口の価値は、受け付けた後に決まります。指針の措置③(事後の迅速かつ適切な対応)につなぐため、次の6段階を標準フローとして定めてください。
| 段階 | やること | 実務のポイント |
|---|---|---|
| 1 | 受付・初期ヒアリング | 相談者の心身の状態を最初に確認します。事実(何があったか)と評価(どう感じたか)を分けて記録し、この段階で「カスハラに当たるか」の判定は行いません。 |
| 2 | 緊急度の判定 | 暴力・脅迫・現に継続中の事案は、その場で上長へ即時報告します。判定基準はマニュアルに明記し、担当者の裁量に委ねないでください。 |
| 3 | 事実関係の確認 | 最大の関門です。録音・録画、防犯カメラの映像、同席者の証言、対応記録を突き合わせます。記録の保存期間があるため、着手が遅れると確認手段そのものが消えます。 |
| 4 | 措置の決定 | 規程第5条の段階的措置(警告/対応の打切り/取引停止/出入禁止/警察通報/法的措置)から選択します。承認者は事前に定めた役職者です。 |
| 5 | 相談者へのフィードバック | 結果を必ず本人に伝えます。これを省くと窓口は次から使われません。措置を講じない判断をした場合も、その理由を説明してください。 |
| 6 | 再発防止と記録の保存 | 同種事案の再発防止策を検討し、一連の記録を規程で定めた期間保存します。蓄積した事例は担当者研修の教材になります。 |
段階3の詳細な手順と記録様式はカスハラ事案の事実確認フロー、段階4の悪質事案への対処は悪質クレーマーへの対処と証拠保全で解説しています。
設置から半年後に相談件数がゼロになる。これは珍しいことではありません。原因はほぼ次の3つに集約されます。いずれも設置時の設計で防げます。
最初の数件で結果のフィードバックがないと、「言っても無駄」という認識が現場に定着します。一度定着すると回復は困難です。対応フローの段階5を省略しないでください。措置を講じない判断をしたときこそ、理由の説明が必要です。
措置⑤の「不利益取扱いの禁止」を周知していないと、従業員は「面倒な奴だと思われる」と考えます。窓口の周知と、不利益取扱い禁止の周知は必ずセットで行ってください。相談員に直属の上長を置かないことも、この不安を減らす設計です。
最も構造的な原因です。相談は事案の発生から数日後に上がってくるのが通常で、その時点で現場に残っている材料は当事者の記憶だけということが少なくありません。確認できなければ措置は打てず、結果として原因1(何も変わらない)に直結します。
相談窓口の設計で最後に検討していただきたいのが、原因3への備えです。
カスハラの相談には、他のハラスメントにない時間的な特徴があります。加害者が社外の人間であるため、後から本人に聞き取ることができません。パワハラであれば加害者・被害者・周囲の三者からヒアリングできますが、カスハラでは相手はもう店舗にいません。会社が確認できるのは、その場に残された記録だけです。
だからこそ、相談窓口を設置する時点で「相談が来たときに何を見るか」を決めておく必要があります。記録の種類は、対応の局面によって役割が分かれます。
相談が上がってから遡って確認できる唯一の手段です。従業員が装着するボディカメラは「その場で身につけていた場合」にしか記録が残りませんが、常設カメラは店内で起きた事象を継続的に記録します。カウンター、レジ前、受付など、顧客と従業員が接する地点をカバーしておけば、数日後に相談が上がっても映像で確認できます。
訪問先、屋外、常設カメラの死角をカバーします。装着していること自体が抑止力として働くため、そもそも悪質化を防ぐ効果も期待できます。詳しくは悪質クレーマーへの対処と証拠保全をご覧ください。
電話でのカスハラは、相談者以外に目撃者がいません。全通話録音があれば、相談を受けた担当者がその通話を直接聞いて判断できます。
なお、記録を残す仕組みを整えるときは、保存期間の設定に注意してください。常設カメラの録画は上書き方式が一般的で、機種や設定によっては数日から2週間程度で消えます。相談が2週間後に上がってきた場合、映像はすでに存在しません。窓口の運用設計と、記録の保存期間は必ずセットで決めてください。規程第6条第4項で保存期間を定めるのは、このためです。
規程の整備と並行して進めることを前提に、次の順序で組んでください。STEP4(周知)は全社を巻き込むため、9月中旬までにSTEP3を終えていることが条件になります。
| 時期 | やること | ポイント |
|---|---|---|
| 〜8月末 | 窓口形態・担当者の決定 | 社内単独か外部併設かを決裁します。外部委託する場合は、この時点で見積を取得してください。契約手続に2〜4週間かかります。 |
| 〜9月上旬 | 受付経路の準備 | 専用メールアドレス、社内フォーム、内線の設定を行います。既存のハラスメント窓口と一元化する場合は、案内文言に「カスタマーハラスメント」を追記します。 |
| 〜9月中旬 | マニュアル・記録様式の整備と担当者研修 | 措置②の項目4を満たす中核作業です。研修の実施記録を必ず残してください。カスハラ特有のエスカレーション経路を1章追加します。 |
| 〜9月下旬 | 全従業員への周知 | 複数手段で周知し、周知した記録(掲示物の写真・配付リスト・出席簿)を保管します。不利益取扱い禁止の周知も同時に行います。 |
| 〜9月末 | 記録環境の稼働確認 | 相談が来たときに確認できる材料(常設カメラ・通話録音)が動いているか、保存期間が適切かを点検します。機器導入はリードタイムがあるため、8月中の見積取得が現実的です。 |
問題ありません。指針は窓口の一体的な運用を妨げていません。ただし、カスハラは加害者が社外の人間であるため、取引停止・出入禁止・警察通報といった対外的な判断が必要になります。担当者向けマニュアルにカスハラ特有のエスカレーション経路を追加してください。
外部委託だけでも義務は満たせます。ただし実務上は、社内窓口を主として外部を併設する形を推奨します。カスハラの事実確認は記録の保存期間との勝負になるため、相談を受けてから社内に伝わるまでの時間差が問題になるためです。
専任である必要はありません。兼務で構いませんが、相談者の直属の上長と、その現場の売上責任を負う店長・支店長は避けてください。人員が確保できない場合は、外部委託窓口の活用が現実的です。月額数千円台からのサービスも公表されています。
受け付けたほうが相談は上がりやすくなります。ただし匿名では事実確認が進まず、措置の実行も難しくなります。実務上は「匿名でも受け付けるが、対応を進めるには実名での協力をお願いする場合がある」と案内し、その方針をマニュアルに明記しておくのが現実的です。
満たしません。指針が求めているのは、事業主が相談窓口をあらかじめ定めて労働者に周知することです。都道府県労働局や東京都の相談窓口は、従業員が個人として利用できる先として案内する価値はありますが、事業主の措置義務の代替にはなりません。
件数そのものが直ちに違反となるわけではありません。ただし、周知が実質的に機能していない可能性があります。窓口の存在を知っているか、相談して不利益がないと認識されているかを、従業員アンケート等で確認することをおすすめします。指針第6の「望ましい取組」にも、運用状況の把握と見直しが挙げられています。
カスハラ相談窓口の設置は、①窓口の形態と担当者を決める、②受付経路を複数用意する、③マニュアルと記録様式を整えて担当者研修を行う、④全従業員に周知して記録を残す──この4ステップで完了します。既存のハラスメント窓口と一元化して構いません。
設計上の要点は3つです。相談員に直属の上長と売上責任者を置かないこと。相談員は最低2名にすること。そして、相談を受けたあとに事実を確認できる材料を用意しておくこと。
指針が求める措置②は「相談窓口を定め、担当者が適切に対応できるようにする」ことですが、実務としての窓口の価値は、そこで受けた相談が措置③(事後の迅速かつ適切な対応)につながるかどうかで決まります。窓口は入口であって、出口は事実確認と措置の実行です。入口だけを作って出口を用意しなければ、相談は半年で止まります。
出典:厚生労働省告示第51号「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(2026年2月26日告示)/厚生労働省「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます!」/外部委託の料金事例:RESUS社会保険労務士事務所(月額5,500円から)、株式会社ザ・ファーム(月額3万円から)